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特許侵害のツケを回すのは簡単ですか? ~売買契約における特許保証条項の理屈と実態~

2022年2月13日知財について, 知財訴訟

プロの商売人同士で商品を売買する際,しばしば,売買契約書の中に,特許保証(補償)非侵害保証(補償)などと呼ばれる条項が入れられます。

①「売主は,買主に納入する物品並びにその製造方法及び使用方法が,第三者の工業所有権,著作権,その他の権利を侵害しないことを保証する。」

というような条項ですね。

英語表記(Indemnification clause)を略して,「インデム」と呼ばれることも多い条項です。

 

また,①の条項にくっついて,しばしば,紛争解決条項と呼ばれる条項も入れられます。

②「売主は,物品に関し,第三者との間で知的財産権侵害を理由とする紛争が生じた場合,自己の費用と責任でこれを解決し,又は買主に協力し,買主に一切の迷惑をかけないものとする。買主に損害が生じた場合には,売主は,買主に,その損害を賠償する。」

というような条項ですね。

(ちなみに,①と②は,後で紹介する,兼松vsソフトバンクの裁判例で争われた文言そのままです。)

 

要するに,①と②を併せて,売買の目的物である商品をめぐり,保証内容に反して第三者から買主に対して知的財産権侵害の警告や訴訟があった場合には,買主は,解決するまでの負担を全部売主に押し付けるぞ,買主自身はビタ一文も負担しないそ,という建付けになっているわけです。

 

上記①②のような特許保証条項や紛争解決条項は,世間の売買契約書の中で非常に多く見られるものですが,実際のところ,その効果のほどはいかがでしょうか

何かトラブルが生じた場合,本当に,買主が期待する通りの,売主への負担の転嫁を実現できているのでしょうか。売主側から見れば,負担を逃れがたいものなのでしょうか。

 

この点について,非常に考えさせられる,貴重な裁判例があります。

控訴審である,知財高裁平成27年(ネ)第10069号・平成27年12月24日判決裁判所公式サイトへのリンク),及び,その第一審である,東京地裁平成24年(ワ)第21128号・平成27年3月27日判決裁判所公式サイトへのリンク)です。

原告(被控訴人)が商社の兼松被告(控訴人)がソフトバンク(ただし,旧ソフトバンクBB)です。

ちょっと,法律家以外が通読するのは辛いかもしれない,長く複雑な裁判例ですが,じっくり読むと,含蓄があるというか,各社の担当者の人間心理も含めて,色々なことをしみじみと考えさせられます。

 

これは,海外メーカーが製造した電子部品を,商社である兼松(売主)が仕入れて,ソフトバンク(買主)に対して販売していたところ,第三者(海外のパテント・トロール)がソフトバンク(買主)に対して(日本国特許権に基づく)特許侵害警告を行ってきたという事案です。

紆余曲折あったものの,結局,ソフトバンク(買主)は,訴訟を提起される前に紛争を収めるべく,警告してきた第三者に対して,2億円を払ってライセンス契約を締結した。

その上で,ソフトバンク(買主)は,上記①②の特許保証条項及び紛争解決条項に基づき,兼松(売主)に対して,第三者に支払ったライセンス料と同額の2億円相当の損害賠償請求権があると主張して,これを,兼松(売主)に支払わなければいけないはずの,電子部品購入の未払代金2億円分と相殺した。

そのため,兼松が,相殺の効力を争い,電子部品の未払代金全額の支払いを求めて提訴しました。

 

この,兼松vsソフトバンクの裁判例から読み取れることは,一言でいえば,何でしょうか。

それは,買主がトラブルに巻き込まれて金銭負担を強いられた後に,売主に対して,特許保証条項(上記①)や紛争解決条項(上記②)に基づいて負担を転嫁しようとすることは,売主が,理屈を正面から主張して,訴訟も辞さない覚悟で(すなわち,取引関係の解消も辞さない覚悟で)徹底的に争ってきた場合には,全く簡単なことではない,ということです。

 

何が壁になるかといえば,兼松(売主)との訴訟の中において,ソフトバンク(買主)が,問題となった電子部品について,警告してきた第三者(パテント・トロール)が保有していた特許権の侵害にあたるということを,厳密に立証することが困難である,ということです。

ソフトバンク(買主)としては,第三者からの警告に対して,一定の特許侵害リスクが存在すると認識して,早目にライセンス料を支払うことで手を打ったわけですが,あくまでも,第三者との交渉の流れの中で,一定の特許侵害リスクが存在することは否定できない,と認識したにすぎません。

後になって,兼松(売主)との訴訟の中で厳密に立証できるほどに,第三者たる警告者から厳密な証拠を突き付けられて,特許侵害があると認めざるを得なかったわけではありません(通常のケースはそうですよね)。

なので,いざ,兼松(売主)との訴訟の中において,ソフトバンク(買主)が,問題となった電子部品について,警告してきた第三者(パテント・トロール)が保有していた特許権の侵害にあたるということの厳密な立証を求められると,ソフトバンク(買主)は,途方に暮れてしまいます。

当該電子部品のメーカーではない一買主が,自ら内部構造を分析するなどして,特許権侵害であることを立証するというのは,いくら天下のソフトバンクとはいえ,一買主の手には余ることです(もっと小規模な買主であれば,なおさらです)。

 

特許権侵害の立証が壁として立ちはだかった結果,第一審では,ソフトバンク(買主)がライセンス料として支払った2億円の全額について,上記②の紛争解決条項で補償される買主の損害にはあたらない(相当因果関係がない)として,損害賠償請求権による相殺が全面的に否定され,兼松(売主)からの未払代金請求が全額認容されています。

要するに,第一審では,ソフトバンク(買主)は兼松(売主)に対して,一円たりともツケを回すことができませんでした

 

控訴審(高名な高部眞規子裁判長の判決です)は,損害賠償請求権の全面否定という第一審の結論はさすがに極端と見て,兼松(売主)として,一定の特許侵害リスクが存在すると認識したことはやむを得ないとしつつ,第三者からの特許侵害やライセンス料算定根拠の立証が不十分である中,ソフトバンク(買主)が軽率にライセンス料の支払いに応じた過失があるとして,ソフトバンク(買主)に7割の過失相殺を認め,2億円のライセンス料の3割分の損害賠償請求権による相殺を認めるに止めました。

要するに,控訴審では,ソフトバンク(買主)は兼松(売主)に対して,既に支払ったライセンス料の3割しか,ツケを回すことができませんでした

 

この裁判例からは,上に述べた,買主がトラブルに巻き込まれて金銭負担を強いられた後に,売主に対して,特許保証条項(上記①)や紛争解決条項(上記②)に基づいて負担を転嫁しようとすることは,売主が,理屈を正面から主張して,訴訟も辞さない覚悟で(すなわち,取引関係の解消も辞さない覚悟で)徹底的に争ってきた場合には,全く簡単なことではない,ということが,強く実感されます。

 

このように,いざ訴訟において真正面から理屈で争われると,特許保証条項や紛争解決条項は,買主にとって,意外なまでに脆いところがあります。

 

しかしながら,そうだからといって,特許保証条項や紛争解決条項には大した意味がないのか,効能の怪しいお守り札にすぎないのか,といえば,決してそうではない,というのが現実の複雑なところです。

 

そもそも,特許保証条項や紛争解決条項は,売買契約において頻出の条項であるにもかかわらず,これらの条項をめぐって,訴訟で徹底して争われるケースは,実際問題,非常に稀です

何故そうなるのか。単なる偶然ではなく,そこには明確な理由があるのではないかと思われます。

 

そもそも,売買契約を締結する時点において,売主からすれば,特許保証条項や紛争解決条項など,入れたくないに決まっています。デメリットしかない条項ですから。

逆に,買主からすれば,メリットしかない条項ですから,入れたくて仕方がないわけです。

このような構図を前提として,結果的に,締結される売買契約書の中に,特許保証条項や紛争解決条項が入れられる場合と,入れられない場合があります。

入れられるか入れられないかが,何によって決まるかといえば,ほぼ100%,売主と買主のビジネス上の力関係です。売主より買主の力が強ければ(「買ってやる」ケース),特許保証条項や紛争解決条項が入れられるし,買主より売主の力が強ければ(「売ってやる」ケース),これらの条項は入れられずに排除されます。ここは極めて露骨です。

 

つまり,そもそも,売買契約書に特許保証条項や紛争解決条項が入っているということは,売主より買主の力が強いことと,そうであるにもかかわらず売主が買主との取引の開始・継続を強く望んで,条件面で譲歩したケースであることを意味するわけです(契約書をロクにチェックしなかったというケースはさておき)。

 

そうだとすると,後になって,買主に対して第三者から特許侵害警告が飛んできて,特許保証条項や紛争解決条項に基づいて,買主が売主に対して負担を転嫁しようとする場面においても,当然に,買主は売主に対して,取引上の力関係を圧力にして,任意の履行を迫るものと考えられます

売主が負担を引き受けることを拒絶するのであれば,今後の取引の継続は危うくなるぞ,それでもいいのか,というプレッシャーを,買主が売主に対して有形無形に加えることで(あるいは,売主の側から先回りして,負担の引き受けを拒絶した場合に取引を切られるリスクを懸念することで),売主側もそれなりの負担を引き受けざるを得なくなり,結果として,訴訟にならずに売主買主間の内々の交渉で決着する。

特許保証条項や紛争解決条項の後始末をめぐり,世間でありふれているのは,このような光景なのではないかと推察されます。

 

つまり,特許保証条項や紛争解決条項は,訴訟の中で理屈で争われると意外に脆いけれども,そもそも,取引関係を壊したくない以上は,売主から訴訟で争うのが困難な構図の中で,内々の交渉を行うことを売主に強いる根拠となって,売主に負担を転嫁する機能を果たしているというのが,リアルな実態ではないかと思われます。

その意味において,買主において,売買契約の中に特許保証条項や紛争解決条項を入れる意味は,やはり,非常に大きいと言わざるを得ません。

 

ちなみに,特許保証条項や紛争解決条項をめぐって,訴訟で争われにくいもう一つの事情を,兼松vsソフトバンクの裁判例からは見て取ることができます。

つまり,特許保証条項や紛争解決条項をめぐっては,これらの条項に基づく損害賠償請求権があることを主張する買主側が,先に,売主に対する未払の代金債権(これが存在することが多い)と相殺をしてしまい,事実上の取り立てをしてしまえることが多いのだと思われます。

わざわざ,売主が訴訟を起こして,買主の財布から殊更に現金を出させる必要がないわけですね。

 

逆に,先に相殺を主張されて,代金債権の不払いを決め込まれてしまった売主としては,取引関係において劣位にあるにもかかわらず,わざわざ,売主の方から訴訟を提起して,(損害賠償請求権がないことを主張して)代金債権の支払いを求めなければいけません。

そのハードルがかなり高いことも,この種の条項が訴訟で争われにくい一因ではないか,ということが,上記の裁判例からは見て取れるかと思います。

 

以上のように,特許保証条項や紛争解決条項をめぐっては,法的な理屈の是非とは別の次元で,取引上の力関係を背景とする解決が(良くも悪くも)横行しており,それゆえに,過度な負担を負わされ,また負わされようとして,潜在的に不満をため込んでいる売主側は多いのではないか,と,私は推察しています。

 

もちろん,世の中は一方的な話ばかりではなく,逆に,売主から法的な理屈で抵抗されて,想定外に負担の転嫁に苦労している買主側も,相応にあるものと思われます。

 

どちらの立場に立っても,生産的な解決に持ち込むことは実に難しい話ではあるのですが,もしも,このような,特許保証条項や紛争解決条項をめぐる事案について,当事務所にご相談いただけたたならば,法的な理屈を突き詰めることはもちろんとして,ご商売の全体を見渡して,取引関係のドロドロとした難しさも真正面から捉えた上で,個別具体的に考え抜くことで正解を見出したいと考えますので,売主側,買主側ともども,ぜひともご相談いただければと思います

 

(文責:弁護士・弁理士 北川 修平(北川法律事務所))

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