特許公報の図と自社製品は全然似ていない?
2016年11月27日特許警告状対応, 知財(全般)警告状対応
間違った思い込み
「ライバル社から特許の警告状が届いた。とりあえず、記載されている番号の特許公報を読んでみた。
最初の方に書いてある日本語は、難しくて、正直、何が言いたいのかよくわからなかった。
ただ、最後の方に書いてある製品のイラストが、自社製品と全然似ていないことだけはわかった。
具体的なイラストがこれだけ違うなら、多分、大丈夫なんだろう。」
正しい心構え
「自社製品が、相手の特許を侵害するか否かは、公報のイラストと似ているか否かでは決まらない。
公報の最初の方に書かれている日本語(特許請求の範囲)に、自社製品が含まれるか否かで決まる。
最初の方の日本語には、大体、イラストの内容よりも広い、抽象的な言葉が書いてある。
だから、イラストと全然似ていないというだけでは、安心はできない。
ただし、イラストと全然似ていないことは、明らかにいい兆候。戦い方の幅が広がる。」
解 説
はじめて特許公報なるものを読んだときの、第一印象は、
「日本語で書いてあるのに、全然意味がわからない」というものではないでしょうか。
それは、われわれが日常使用する日本語とはかけ離れた、特殊な言葉の世界です。
厳密で明晰であることと引き換えに、わかりやすさをかなぐり捨てた言葉の世界です。
来るものを簡単に寄せ付けない雰囲気を、濃厚に発している。
特許は、カタギが触れてはいけない、ヤクザな世界なのではないか、と思わせるに十分です。
他方で、公報の最後の方に載っているイラストは、
そういった言葉の世界に比べて、よほど直観的にわかりやすい。
特許に馴染みがなくても、業界で生きてきた人間なら、何となく、言わんとすることがわかる。
どうしても、こちらに飛びついてしまいたくなる、というのが、人情だと思います。
飛びついてしまいたくなる、というと非難しているようですが、そうではありません。
実際、最初はイラストから入って、その特許の大まかなイメージを掴むことは、非常に大切です。
ただし、イラストを読むだけで事が終わるかといえば、そうではありません。
自社製品が、相手の特許権を侵害しているのか否か、キチンと判断するためには、
どうしても、公報の最初の方にある、頭が痛くなる日本語と格闘することが、必要になります。
というのも、公報の最初の方にある、頭が痛くなる日本語、これを特許請求の範囲と言いますが、
この特許請求の範囲に書いてある日本語が、いわば、特許権の本体だからです。
ここに書いてある日本語に含まれるか否かで、特許権侵害か否かが決まるからです。
ある特許の、特許請求の範囲に、
「天ぷらを具材に含む、おにぎり。」と書いてあったとしましょう。
そうすると、梅干しおにぎりや、焼鮭おにぎりは、明らかにこの特許権を侵害しません。
梅干しや焼鮭といった具材は、天ぷらではないですから。
トンカツおにぎりも、少し微妙ではあるものの、侵害しないと言えるでしょう。
通常の日本語では、トンカツは天ぷらに含まれないでしょうから。
他方で、海老天むすは、当然に、この特許権を侵害します。
さらには、海老天と梅干しを両方入れたおにぎりも、この特許権を侵害します。
「天ぷらを…含む」という言い回しなので、この特許権は、
天ぷら以外の具材が入ることも、当然に想定した作りになっているからです。
そして、重要なこととして、ほとんど全ての場合において、
特許請求の範囲に書かれた日本語は、
公報のイラストに描かれた具体例よりも、意味が広いものになっています。
イラストの具体例には、海老天を具材にした、海老天むすが描いてあるだけなのに、
特許請求の範囲には、「天ぷらを具材に含む、おにぎり。」と書いてある。
つまり、海老天だけではなく、天ぷら一般を広くカバーする書き方になっている。
さらには、もっと広げて、「揚げ物を具材に含む、おにぎり。」と書いてある。
こうなると、天ぷらだけではなく、フライや素揚げなどの揚げ物一般を広くカバーしている。
こういったように、特許請求の範囲は、イラストの具体例よりも広いことがほとんどです。
だから、イラストと、自社の製品を比較するだけでは、危険なのですね。
というのも、私が、弁当屋で、トンカツおにぎりを売っていたとします。
警告状が届いたので、特許公報のイラストを見てみると、そこには、海老天むすが書いてある。
海老天とトンカツは、天ぷらかフライかという調理法が違う。具材が魚介か肉かも違う。
こりゃあ、全然違うや、と安心した。
だけれども、実は、その特許公報の、特許請求の範囲には、
(海老天むすから広げて)「揚げ物を具材に含む、おにぎり。」と書いてあった。
これでは、明らかに、トンカツおにぎりは特許権侵害ですよね。
かくして、致命的な判断ミスが生じることになります。
こういう間抜けなことにならないように、いくら難しい日本語が書いてあったとしても、
特許請求の範囲とは、絶対に、真剣に格闘しなければなりません。
ちなみに
イラストの具体例の海老天むすと、私が売るトンカツおにぎりは、
調理法も具材の種類も違う。物として全然違う。
上の話では、結果として特許権侵害になってしまっていますが、
だからといって、ここの違いに意味がないのかといえば、そんなことは全くありません。
ここの違いは、明らかに、警告された側にとって、有利な事情です。
というのも、特許請求の範囲が、「揚げ物を具材に含む、おにぎり。」だからアウトなのであって、
仮に、「天ぷらを具材に含む、おにぎり。」であれば、セーフですよね。
ならば、ここは発想の転換です。
相手が持っている特許権の、特許請求の範囲を、
「揚げ物を具材に含む、おにぎり。」から、「天ぷらを具材に含む、おにぎり。」に、
狭く変更させてしまえばいいのです。
正確には、狭く変更せざるを得ない立場(狭くしない限り、特許が無効になってしまう立場)に、
相手の特許権者を追い込んでしまえばいいのです。
そうすれば、めでたく、私のトンカツおにぎりは、特許権侵害を逃れられます。
そのためには、相手が、特許を出願した時点で、
既に、フライを具材に含むおにぎりについては、世の中に存在した、ということを、
紙の資料や、同業者の過去の商売の実態など、何らかのもので証明できればいいのですね。
このような証明に、成功するか否かはケースバイケースとしかいいようがありません。
しかし、海老天とトンカツが似ていないことによって、
警告状に反論する上で、狙っていける戦術の幅が大きく広がっていることは、間違いありません。
<突然、知財(特許・商標・著作権・意匠・不正競争防止法)の警告状が送られてきた。
訴訟にはしたくない。でも、今までと同じようにビジネスは続けたい。
知財については初心者だけど、どうやって対処すればいいのだろう?
このブログは、そういった方のための、転ばぬ先の杖です。
初心者の方にありがちな(でも、実は専門家にもありがちな)間違った思い込みを、
毎回一つずつ取り上げます。
どこが間違っているのか、じゃあどうすればいいのか、
弁護士・弁理士の北川修平が、詳しく解説します。>