特許警告状には、実質論で反論すべき?
2017年1月4日未分類, 特許警告状対応, 知財(全般)警告状対応
間違った思い込み
「ライバル社から、特許侵害の警告状が届いた。
特許権を侵害していないとの反論を行う上でのキモは、
①警告者の特許の技術的思想と、②自社製品の技術的思想とは、全然違う、
という、実質的な技術論議に尽きる。」
正しい心構え
「実質的な技術論議は極めて重要。しかし、それだけでは反論は空を切る。
反論を命中させるための最後のひと押しとして、極めて重要なのは、
①②の技術的思想の違いを見極めた上で(技術論議)、この違いを、
警告者の特許のクレーム(特許請求の範囲)のどの言葉に、『引っ掛けて』主張するのが、
クレームの文字面の解釈として説得的か、執念で追求すること。」
解 説
特許の争いは、技術の争いであり、かつ、言葉の争いです。
単純に言えば、「特許」=「言葉で表現された技術」ですから、当然といえば当然ですね。
だから、技術の争いだけでは、特許の争いの半分にすぎない。
技術の争いを、どのように言葉の争いに落とし込むか、という視点が、極めて重要です。
上の「正しい心構え」は、要するにそういうことを言っているわけで、
抽象的な話としては、実に当たり前のことです。
当たり前のことを、わざわざブログで取り上げようと思ったのは、
最近、この点につき、しみじみと、深く考えさせられる裁判例が出たからです。
訴訟のみならず、警告状に対する交渉段階についての有益な示唆を与えるものです。
それは、「オキサリプラチン溶液組成物ならびにその製造方法及び使用」(特許第4430229号)
という医薬特許をめぐる訴訟です(原告:デビオファーム、被告:日本化薬)。
注目すべきは、一審の東京地裁(平成28年3月3日判決。全文。)と、控訴審の知財高裁(平成28年12月8日判決。全文)とで、
結論が真反対にひっくり返ってしまった点です。
一審は特許侵害を認め、控訴審は侵害を否定しました。
何が、結論を左右したのでしょうか?
問題となった、原告特許のクレーム(特許請求の範囲)は、次のようなものです。
「【請求項1】
オキサリプラチン、
有効安定化量の緩衝剤および
製薬上許容可能な担体を包含する
安定オキサリプラチン溶液組成物であって、
製薬上許容可能な担体が水であり、
緩衝剤がシュウ酸またはそのアルカリ金属塩であり、
緩衝剤の量が、以下の…の範囲のモル濃度である、組成物。 」
(一部省略の上、改行。)
簡単に言えば、
①オキサリプラチン、②(担体としての)水、③(緩衝材としての)シュウ酸、
という三つの物質を含む組成物について、
組成物を安定させる目的のために、特に、(緩衝材としての)シュウ酸の量の範囲を具体的に特定した、
点を特徴とするという特許発明です。
他方で、被告が製造販売していた製品は、
①オキサリプラチン、②水、③シュウ酸、の三つの物質を含む組成物であり、
かつ、組成物に含まれるシュウ酸の量は、原告の特許が特定した範囲に含まれるものでした。
これだけを見ると、被告は即アウトのような気がするのですが、さにあらず。
問題となったのは、被告製品に含まれるシュウ酸は、シュウ酸はシュウ酸であっても、
被告がわざわざ外から加えたシュウ酸(「添加シュウ酸」)ではなかったという点です。
実は、①オキサリプラチンと②水を混ぜ合わせて、オキサリプラチン水溶液を作ると、そもそも、
両者の化学反応によって、自動的に一定量のシュウ酸(「解離シュウ酸」)が生成されてしまうのですね。
被告製品に含まれるシュウ酸は、その全てが、この解離シュウ酸だったのです。
「わざわざシュウ酸を加えていない。勝手にシュウ酸が生成されたにすぎない。」というのが被告の反論です。
つまり、クレームの「シュウ酸」という文言は、「添加シュウ酸」に限定的に解釈されるべきであり、
そうであるから、被告製品の「解離シュウ酸」は、クレームの「シュウ酸」に含まれない。
ゆえに特許侵害でない、というのが被告の反論ですね。
被告は、一貫してこのような主張を行うとともに、
原告特許の技術的思想をめぐる、実質的な反論も、詳細に行っていました。
つまり、原告特許に記載された多数の実施例(実験データ)の全てが、
シュウ酸をわざわざ外部から加えた場合(「添加シュウ酸」)についての場合のものであるから、
原告特許は、添加シュウ酸についての技術思想であるにとどまり、
解離シュウ酸についての技術思想ではない、という反論です。
このような反論を、侵害論においても、無効論(サポート要件等)においても、行っていました。
被告の、このような実質的な反論に対して、原告は、
実施例のうち一つは、解離シュウ酸についてのものであると(何とか)読める、
だから、原告特許は、解離シュウ酸についての技術思想も包含する、という再反論をしています。
しかし、正直、ここの実質論は、誰が見ても、明らかに原告が弱いところです。
原告自身も、そして結果的に原告を勝たせた第一審の裁判所も、
このような技術の本質をめぐる実質論において、原告に弱みがあり、
相対的に、被告の主張のスジが良いことは、内心認めざるをえなかったのではないでしょうか。
第一審における、被告の訴訟活動の方向性は、全く間違っていなかったように思われます。
にもかかわらず、第一審は、特許侵害を認め、原告を勝たせています。
その最大の理由は、要するに、特許請求の範囲の言葉において、
単に(限定なく)「シュウ酸」と書いてあり、かつ、単に「包含」と書いてある以上、
「シュウ酸」を「添加シュウ酸」に限定解釈するような、文言上の形式的な手掛かりが見出せない、
ということにあったものと思われます。
このような形式的な苦しさを乗り越えて、「添加シュウ酸」への限定解釈を認めるほどには、
実質論において大差がついているとは判断しなかった、とも言えます。
で、この事件、先に述べたように、
このような一審判決に対して、被告が控訴した末に、
控訴審は、結論をひっくり返し、特許侵害を否定して、被告を勝たせています。
果たして、何が結論を左右したのでしょうか。
控訴審において、被告代理人弁護士は交替しているのですが、
その主張している内容の多くは、一審の被告代理人弁護士も主張していたことです。
控訴審の被告代理人が、全く別の角度から新たな攻撃を開始した、というわけではありません。
ただ一つ、大いに目につくことであり、勝負の分かれ目であったと思われるのは、
控訴審代理人は、クレームの「シュウ酸」を「添加シュウ酸」に限定するための、
クレームの文言上の手がかりを、新たに発掘して提唱していることです。
「添加シュウ酸」への限定解釈の主張を、何とか引っ掛けられそうなクレームの文言、
このような文言上の手がかりを、執念で掘り出してきていることです。
それは何かといえば、(言われてみれば、何やらコロンブスの卵のような話ですが、)
「緩衝剤がシュウ酸…であり」の「緩衝剤」における、「剤」という単語です。
控訴審の被告代理人が、クレームの「剤」という漢字一文字を見逃さず、
この「剤」という言葉に、「調合する≒添加する」という意味を読み込ませる主張を行い、
結果的に、この主張がそのまま控訴審裁判所に通ったのですね。
もともと、実質論においては被告有利な事件であり、
被告の弱みは文言解釈をめぐる形式論だ、という裁判所の理解はあったでしょうから、
被告が、形式論において、「剤」という、たった一文字の文言上の突破点を見出したことによって、
この一点から、オセロのようにバタバタっと、一気に全体の形勢が逆転した、というように感じられます。
もちろん、控訴審判決は、「剤」の点以外にも、色々な理由を述べていますが、
そもそも、そのように、全体が雪崩をうって方向を変えることになった、
そのきっかけは、この小さな点にあったように思われてなりません。
本件は、クレームの小さな文言にこだわることの重要性、
逆に言えば、クレーム解釈の恐ろしさを、しみじみと感じさせられる、
そんな事件のように思われます。
冒頭の「正しい心構え」を、愚直に追求することが重要なのだろうと、自戒するところです。
<突然、知財(特許・商標・著作権・意匠・不正競争防止法)の警告状が送られてきた。
訴訟にはしたくない。でも、今までと同じようにビジネスは続けたい。
知財については初心者だけど、どうやって対処すればいいのだろう?
このブログは、そういった方のための、転ばぬ先の杖です。
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