誰が得する知財訴訟なの?~訴訟を提起して,第三者に漁夫の利を与えるリスクについて~
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タコの滑り台事件という,ここ最近の知財業界・著作権業界で,結構な話題になった事件があります。
第一審:東京地裁令和3年4月28日判決(裁判所公式サイトへのリンク),控訴審:知財高裁令和3年12月8日判決(裁判所公式サイトへのリンク)が,それです。
タコの形をした滑り台を,(前身企業によるものも含めれば)昭和46年頃から,全国各地の公園に260基以上作り続けてきた原告(:前田環境美術株式会社)が,平成24年と平成27年に,似たようなタコの形をした滑り台を2基作って納入した被告(:株式会社アンス)に対して,タコの滑り台の著作権の侵害を主張して,損害賠償を求めた訴訟です。
原告が製作したタコの滑り台は,次のようなものです。
他方,被告が製作したタコの滑り台(2基)は,それぞれ次のようなものです。
(ちなみに,このタコの滑り台,1基あたり,被告の方の,平成24年製の受注額は283万5000円,平成27年製の受注額は378万円,他方で,原告の方の,近時の受注額は約600万円といいますから,いずれにせよ,結構なお値段ですよね。単なる滑り台とは言いながら,馬鹿にできない規模の商売です。)
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この事件,業界で結構な話題になったと言いましたが,それは,(タコの滑り台,という,一種のネタ的な面白さを除けば)ここ数年来,実務的にも学術的にもホットな論点である,応用美術の著作物性という論点に関して,主に理論的な面から考えさせられる,面白い事案だったからです。
応用美術の著作物性という論点を,ごくごく簡単に説明しておくと,オーダーメイドの美術工芸品(例えば,木彫りの彫刻)と対比されるところの,大量生産の量産品(例えば,電化製品)について,その商品デザインを,どこまで著作権法で保護するのが妥当なのか,というような話です。
仮に,量産品のデザインを何でもかんでも著作権法で保護したならば,意匠法は死んでしまいます。
というのも,意匠法に基づいて量産品のデザインの保護を受けるためには,特許庁や弁理士に高いお金を払って出願・登録する必要がありますし,いざ登録したとしても,意匠権の存続期間は短い(出願から25年)ものです。他方で,著作権法の場合,(創作さえすれば)出願・登録不要で,タダで自動的に著作権が発生しますし,存続期間も長い(法人名義の著作物の場合は,公表後70年)ものです。
なので,仮に,量産品のデザインを,一律に,安くて長持ちな著作権法で保護できるのであれば,誰しも,馬鹿らしくなって,高くて短命な意匠法など使わなくなってしまいます。
それはおかしいのではないか,折角ある法律なんだから,意匠法には意匠法にしかできない受け持ち範囲があるのではないか,意匠法にしかできない固有の役割分担を与えるように,著作権法と意匠法の受け持ち範囲を適切に切り分けるべきなのではないか。
そのためには,量産品のデザインは,原則として,意匠法に基づいて出願をしないと(あえて高くて短命なルートをたどらないと)保護されないような建付けにした上で,例外的に,何か,特別なプラスアルファがある場合に限って,著作権法で(安く長持ちに)保護をしてあげるべきではないか。
それは確かにそうだとして,じゃあ,その「特別なプラスアルファ」というのは,具体的には何がどれくらい必要なのか。そしてどのように判断するのか。
応用美術の著作物性というのは,大体,こんなような議論がなされている論点です。
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この,応用美術の著作物性という争点について,判決の結論としては,第一審・控訴審ともに,原告作成のタコの滑り台について,応用美術としての著作物性をバッサリと否定して(そもそも,著作権法で保護される著作物にはあたらないとして),原告の損害賠償請求を棄却しました。原告の完敗ですね。
判決は,応用美術のうち,どのようなものが著作物として保護されるか(保護されるための「特別なプラスアルファ」は何か)について,「応用美術のうち…実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して,美的鑑賞の対象となり得る美的特性である創作的表現を備えている部分を把握できるものについては,当該部分を含む作品全体が美術の著作物として,保護され得ると解するのが相当である。」(控訴審)という規範を立てました。
その上で,原告作成のタコの滑り台は,「実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して,美的鑑賞の対象となり得る美的特性である創作的表現を備えている部分を把握できる」とはいえないとして,著作物性を否定しました。
このような判決の判断内容は,いわゆる分離把握可能性説という,近時の裁判例のメインストリーム(ファッションショー事件・知財高裁平成26年8月28日判決(裁判所公式サイトへのリンク))の傾向に沿うものであり(逆に,極めて例外的な裁判例である,TRIPP TRAPP事件・知財高裁平成27年4月14日判決(裁判所公式サイトへのリンク)には,当然のごとく与しなかったものであり),ごく自然なものではないかと思います。
換言すれば,両当事者にとっても,予測可能性が高い(訴訟に対する主観的な意気込みはさておき,客観的には,こうなる可能性が一番高いことは予期できた)判決ではないかと思います。
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これまで説明してきた通り,このタコの滑り台事件は,(応用美術の著作物性という)主として法的・理論的な視点から,知財業界・著作権業界の興味関心を集めています。
それはもちろん大切な視点なのですが,ただ,泥臭い弁護士である私自身が,職業柄,一番気になるのは,全く別の視点です。
すなわち,原告が,このような訴訟の提起に踏み切り,第一審・控訴審ともに(和解せずに)負け判決をもらうことの,戦略的な是非,ビジネス上の是非という視点です。
結局,このタコの滑り台事件の判決が出て,一番得したのは誰なのでしょうか?
(なお,以下の記述は,やや辛口になりますが,言うまでもなく,本件訴訟の当事者に対する非難を目的とするものでありません。そうではなく,本件の事案を素材とする机上のシミュレーションを行って,あくまでも,一般的な洞察なり教訓なりを引き出したいということです。)
(1)
著作権侵害訴訟において,原告が負ける場合でも負け方は色々ですが,その中でも,著作物性を否定されて負けるというのは,極めてダメージの大きい負け方です。
なぜならば,このような負け方をすると,原告は,被告との関係でダメージを負うだけではなく,潜在的な第三者との関係でも継続的なダメージを負うことになるからです。
今回,原告作成のタコの滑り台は,そもそも著作物ではない(著作権法の保護に値しない),という理由で敗訴になりました。
つまり,原告作成のタコの滑り台は,そもそも著作物ではなくパブリックドメインに属し,それゆえ,世の中の誰しもが,著作権法のことを気にせずに,原告作成のタコの滑り台をマネし放題であるという,原告にとって極めて不利益な事実について,東京地裁と知財高裁が,判決でお墨付きをあたえてしまいました。
なおかつ,このような,原告に不利益な事実が書かれている判決が,裁判所サイトに(当事者の実名入りで)で公開され,世の中に広く知れ渡ることとなってしまいました。
その結果,原告は,著作権侵害を理由として,そもそもの競合相手である被告が,似たようなタコの滑り台を作成することを阻止できないのはもちろん,今後,新たな第三者が,タコの滑り台市場に参入してタコの滑り台を作成することも,事実上,阻止できなくなってしまいました。
もちろん,原告が,第三者を相手に,再度,タコの滑り台が著作物であることを主張することは自由ですが,第三者宛てに警告状を送っても全く説得力がないですし,第三者相手の著作権侵害訴訟を提起しても,実質的には,既に負けた論点の蒸し返しですから,裁判所には冷たくあしらわれて,あっさりと負けてしまうことは目に見えています。
このことの不利益は,例えば,原告の作品には著作物性があるのだけど,被告の作品とは似ていない(複製又は翻案にあたらない)という理由で負ける場合と比較すれば,明らかです。
仮に,原告作成のタコの滑り台は,確かに著作物ではあるが,被告の作ったタコの滑り台とは似ていない,という理由で負けるのであれば,原告は,潜在的な第三者との関係で大きなダメージは負いません。
このような判決は,原告作品が,パブリックドメインに属し,マネし放題である,というメッセージを発するものではありません。
今後,被告よりも類似度の高いタコの滑り台を製作する第三者が出現したならば,原告は,第三者相手に,改めて著作権侵害訴訟を提起すればよい話であり,裁判所も,原告作品との類似度合いをケースバイケースで判断して,今度は原告を勝たせる可能性は,十分にあります。
しかしながら,実際の本件判決のように,根本で,著作物性を否定されてしまうと,そうは行きません。
第三者が,原告のタコの滑り台をコピーして製作しても著作権法上全く問題がないという,東京地裁&知財高裁の強力なお墨付きが広く発信されてしまった以上,潜在的な第三者は,安心してタコの滑り台市場に新規参入することができてしまいます。
完全に,第三者に漁夫の利を与えてしまっています。
なお,仮に,原告にとって,既にタコの滑り台市場が魅力に乏しく,自らが独占または寡占的な地位を占めることにこだわりはない,第三者が新規参入してこようが特に気にしない,というのであれば,第三者に漁夫の利を与えるというダメージは無視できるのかもしれません。
しかし,その場合は,原告が,そもそも,そのような魅力な薄い製品,魅力の薄い市場をめぐって,弁護士費用等の大きなコストをかけてまで訴訟を提起することが合理的なのか,という疑問が生じます。
(2)
なおかつ,原告のタコの滑り台の著作物性を否定されることは,原告にとってダメージがあるのみならず,実は,被告にとってもダメージがあることに注意する必要があります。
原告から訴えられた被告としては,自らがタコの滑り台が作れなくなる結論は困るわけで,これだけは何としても避けなければいけませんが,他方で,第三者までもがノーリスクで自由に参入できる状態にしてしまうというのも,嬉しいことではありません。
被告にとってビジネス上ベストなのは,原告と被告の二社のみがタコの滑り台市場で競合する状態(現状維持)であり,被告だって,タコの滑り台がマネし放題であることが判決で広くアナウンスされて,その結果,第三者までもがタコの滑り台市場に参入して,競争が激化することを望んではいません。
つまり,著作物性が否定される判決で勝つというのは,被告にとっても,(贅沢を言うならば)必ずしもベストの結論ではありません。
(3)
判決で著作物性を否定されて負けることに,このようなダメージがあるとして,原告は,どのようにすればダメージを回避できたのでしょうか。
まず,このようなダメージを負う高いリスクがある以上,つまらない意地や面子で訴訟を提起すべきではない,ということは大前提です。
これは,一般論として当たり前のことですが,特に,本件の原告と被告との間では,過去に,原告が被告及びその関係者らに対して,不正競争防止法違反(営業秘密の不正開示,営業誹謗行為),競業避止違反等を理由とする損害賠償訴訟を提起して,これも控訴審の知財高裁まで戦った上で原告が全面敗訴した(知財高裁平成26年2月27日判決(裁判所公式サイトへのリンク))という事実があります。
すなわち,本件著作権侵害訴訟自体が,既に,事実上の第二ラウンドにあたると考えられる以上,原告においては,本当に,この訴訟を提起すべきビジネス戦略上の必要性があるか,つまらない意地や面子や復仇の感情が先立って訴訟に前のめりになっていないか,ということは,よくよく慎重に考えるべきでしょう。
次に,訴訟提起自体はやむを得ない,すなわち,本件の著作権侵害訴訟を提起して,被告による著作権侵害行為の有無につき裁判所の判断を仰ぐことについては,合理的に判断してそのようにすべき,との結論に至ったとしても,訴訟の進行が思い通りには行かなかった場合には(本件の場合,その可能性も高いということは想定できたはずです),どういう負け方をすべきか,どこで撤退することがダメージを広げないか,という想定はしておくべきです。
この点,本件訴訟が係属した東京地裁(及び大阪地裁)の知財部では,損害賠償を請求する知財訴訟について,原則として,侵害論(知的財産権侵害があったか否か)と損害論(知的財産権侵害があったとして損害額はいくらか)を分けて,順番に審理する二段階審理を行っています。
つまり,まずは,損害論を棚上げして,侵害論を集中的に審理し(原告・被告が侵害論について主張立証を尽くし),その上で,裁判所が,侵害論についての心証(知的財産権侵害の有無についての判断)を,訴訟の途中の段階(判決が出る前の段階)で,原告・被告に伝えます。
ここで,裁判所が,侵害があるという心証を伝えた場合には,損害論についての審理に進みます(損害論の審理を行った上で,和解や判決に至ります)。
他方で,侵害がないという心証を伝えた場合には,このような(原告不利な)裁判所の判断を前提としての,和解の可否についての話し合いを行った上で,和解が成立するのであれば和解で終了し,和解ができなければ,(侵害がなく原告敗訴という)判決を出して,第一審が終了することになります。
つまり,二段階審理方式においては,正式な判決が出る前に,知的財産権侵害の有無についての(判決に至った場合と同様の)裁判所の判断を知ることができ,このような判断を前提としての和解の機会があるわけです。
本件のような,著作物性が否定される判決が出れば,第三者などとの関係でダメージが大きい事案について,戦況不利な場合,どこで撤退することがダメージを広げないか。
私が思うのは,上記のような知財部の二段階審理方式を前提とすれば,第一審に全力を尽くして,侵害の有無について裁判所からの心証の開示を受けた上で,仮にダメであれば,判決が出る前に,請求を諦めるような内容の和解をして(控訴することなく)引き下がる,という割り切りは,事前の想定としても,十分にあり得たのではないか,ということです。
第一審のチャンスに賭けて全力を尽くして,ダメならさっさと諦めて和解して,結果が悪くとも,全てを秘密裏に終わらせることを優先すべきではないか,ということです。
ちなみに,本件のように,著作権侵害が認められないという心証を裁判所が得たケースで,果たして和解がまとまるものだろうか,という疑問を持たれる方もいるかもしれませんが,この点について,例えば,前知財高裁所長の髙部眞規子元判事は,以下のようなことを書かれています。
「(3)著作権者側に不利な心証を得た場合
ア このような場合には,和解が成立しにくいといわれることもあるが,人格的要素が特に強う事案は別として,必ずしもそうとはいえない。
原告である著作権者側に不利な心証のうち,例えば,原告の作品に創作性がないといった判断が予想される場合には,原告は,判決理由中でそのような理由を記載されるデメリットを回避するためにも,和解のメリットがある。…
イ 勝訴判決を受ける側の被告としても,差止めを求められている作品が将来にわたって自由に製作販売でき,損害賠償を支払わなくてもよいのであれば,和解するメリットはあるはずである。侵害訴訟で被告側として訴訟が係属し続けることは,ビジネス上メリットがあるとはいえないし,控訴審・上告審と訴訟が続くことによって,訴訟費用がかさむ可能性もある。また,第1審の心証が被告側に有利であっても,控訴審で結論が逆転する場合もないとはいえないから,和解により早期に紛争を解決するメリットはあると思われる。」
(髙部眞規子「実務詳説 著作権訴訟[第2版]」(金融財政事情研究会。2019年)38~39頁)
髙部元判事が書かれていることに加えれば,既述のように,本件では,被告にとっても,原告の著作物性が否定される判決が出て,タコの滑り台がマネし放題であることが判決で広くアナウンスされて,その結果,第三者までもがタコの滑り台市場に参入して,競争が激化することはメリットではありません。
被告としては,要は,(原告に加えて)自分だけがタコの滑り台を作れる状態,原告と被告の二社のみがタコの滑り台市場で競合する状態(現状維持)が望ましいわけで,この観点からも,被告においても,判決ではなく秘密裏の和解でまとめることにメリットはあるのではないかと思われます。
それゆえ,原告としても,第一審に全力を尽くして,侵害の有無について裁判所からの心証の開示を受けた上で,仮にダメであれば,判決が出る前に,請求を諦めるような内容の和解をして引き下がる,という割り切りには,被告側も乗ってくるであろう,という見込みが立ったのではないかと思うわけです。
(4)
最後に,本件を離れた仮定の話になってしまうのですが,本件と同様の事案で,仮に,東京地裁以外の(知財部が存在しない,地方部の)裁判所に,地理的に訴訟が提起可能であるならば,そのようにするという選択肢もあるのかもしれません(特許権侵害訴訟と異なり,著作権侵害訴訟は,東京地裁や大阪地裁の知財部でしかやれない,というわけではありません)。
知財部が存在しない裁判所の場合,原告に不利な判決が出たとしても,自動的に裁判所公式サイトで判決文が公開されて,広く知れ渡るということはありませんので。
(なお,本件では,原告と被告の本店所在地も,不法行為地(タコの滑り台の設置場所)も,全て東京都なので,東京地裁(知財部)に訴訟を起こすほかないのですが。)
もちろん,知財部以外の裁判官だと,応用美術の著作物性のような,専門的な論点についての判断がやや読み辛いというところはあるのですが,この訴訟のような,知財部に持ち込んで,普通にやると原告に不利そうな事案であるならば,あえて,非知財部に持ち込んで,裁判官による判断の「紛れ」を積極的に求めに行くということも,あってもいいのかもしれません。
正直,このような邪道を考えている時点で苦しいよな,という本音もあるのですが。
文責:弁護士・弁理士 北川 修平 (北川法律事務所)
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