商標登録したのに警告されるなんてアリですか?
1
いきなり自社に対して商標権侵害の警告状が送られてきた,という事案で,相談者の方から,しばしば,こういう生々しい心の叫びをお聞きします。
「おかしいじゃないですか! ウチはウチで,ちゃんと商標登録を済ませた商標を使っているんですよ。特許庁が登録を認めたんですよ。登録料もちゃんと払ったんですよ。自社で登録済みの商標を使っているだけなんですよ。それなのに,ウチが商標権侵害をしているわけがないじゃないですか。そんなおかしい話はないでしょう!」
こういった,相談者の方の本能的な心の叫びは,果たして,法律的に見て正しいものなのでしょうか?
2
私の見るところ,あえて結論を数字で表すならば,6割方のケースでは正しいけれども,4割方のケースでは間違っている,というのが実情だと思います。
(なお,以下の検討では,警告者の登録商標と,相談者の登録商標及び使用商標とで,商品・役務が類似していることは大前提とします。)
(1)
「6割方のケースでは正しい」というのは,大体次のような場合です。
具体的に事情を確認してみると,なるほど,確かに相談者のおっしゃる通り,①相談者は,ちゃんと商標登録を済ませた商標を使っているし(過去に登録した商標と,今実際に使っている商標との間にズレはないし),その結果,②警告者の登録商標と,相談者が実際に使っている商標は全然似ていないな,と思える場合です。
(実際問題,このような,相談者の方の心の叫びが正しいケース(「6割方」)の方が,間違っているケース(「4割方」)よりも多いことは間違いないと思います。)
このような6割方のケースでは,私は,相談者の方に対して,以下のような,景気のいい回答をすることができます。
「ご安心ください,警告者の登録商標と,御社の使用商標とは,商標実務上の基準に沿って判断すれば,全く似ていません。
そりゃあそうですよね,さすがに特許庁も,警告者の登録商標と,御社の登録商標が互いに似ているならば,両方の登録を同時に認めることはないわけで,互いに似ている場合,後から出願された方の登録を拒絶するわけですもんね(商標法4条1項11号)。
つまり,特許庁が,警告者の登録商標と,御社の登録商標と,両方の商標の登録を認めたというのは,互いに似ていないという判断をしたことを意味しますものね。
そして,御社は,登録商標とズレがない商標を使用している以上,御社の使用商標も警告者の登録商標と似ていなくて当然ですよね。
大丈夫です。商標権侵害の主張は無理筋です。正しいのは御社です。警告は必ず撃退できます。」
相談者の方も,自分の心の叫びが正しいことがわかって,ホッと一安心。めでたしめでたしですね。
(2)
ところが,残念ながら,このように上手くいくケースばかりではありません。
「4割方のケースでは間違っている」というのは,大体次のような場合です。
具体的に事情を確認してみると,実のところ,相談者の話とは違って,①相談者は,商標登録を済ませた商標をそのまま使ってはおらず(過去に登録した商標と,今実際に使っている商標との間にズレが生じており),その結果,②警告者の登録商標と,相談者が実際に使っている商標とは似てしまっている,そう判断せざるを得ない場合です。
このような4割方のケースでは,私は,相談者の方に対して,以下のような,耳に痛い回答をせざるを得ません。
「残念ながら,警告者の登録商標と,御社の使用商標とは,商標実務上の基準に沿って判断すれば,似ていると言わざるを得ません。
もちろん,特許庁が,警告者の登録商標と,御社の登録商標と,両方の商標の登録を認めたというのは,登録商標同士は互いに似ていないという判断をしたことを意味します。
ですが,御社の実際の使用商標は,登録商標とは随分とズレが生じていて,もはや別の商標です。
そうなってくると,もはや,特許庁が御社の登録商標の登録を認めたからといって,そのことから,警告者の登録商標と,御社の実際の使用商標とは似ていないのだ,そのように特許庁は判断したのだ,などという結論を導き出すことはできません。
そして,端的に,警告者の登録商標と,御社の実際の使用商標とが似ている否かを考えるならば,似ていると言わざるを得ません。
そうである以上,本件では,警告状の商標権侵害の主張はどうやら正しいらしい,という現実的な判断を前提にして,どうすれば御社のダメージを最小化できるかを考えるべきです。」
相談者の方は,自分の心の叫びが否定されたというモヤモヤを抱え込むことにはなるでしょうが,どうにも仕方ありません。
このように愚直に回答しない限り,かえって,依頼者に(判断ミスによる)経済的なダメージを与えることになり,弁護士の責務に反する結果となりますので。
3
今回,具体的な事案を取り上げて,リアルに考えたいのは,後者の「4割方のケースでは間違っている」方の話です。
アパレル業界をめぐる事案である,東京地裁令和4年1月31日判決(裁判所公式サイトへのリンク)を題材にして,上記2(2)の,「御社の実際の使用商標は,登録商標とは随分とズレが生じていて,もはや別の商標です。」という事態が,実際にはどんな感じで生じるものなのか,見ていきたいと思います。
(1)
原告(ケントジャパン株式会社)は,被服等の指定商品について,「KENT」及び「Kent」の,2件の登録商標を持っていました。
「KENT」及び「Kent」のフォントは,具体的には以下のようなものです。
【原告登録商標(2件)】
原告登録商標のうち,「KENT」の登録日は(かなり古く)昭和39年(1964年)9月16日,「Kent」の登録日は平成19年(2007年)4月6日です。
(2)
被告(株式会社マルシン商会)も,洋服等の指定商標について,「KENT BROS./ケントブロス」(「/」は改行を意味します)という登録商標を持っていました。
文字の配置は,具体的には以下のようなものです。
【被告登録商標(1件)】
被告登録商標の,出願日は平成20年(2008年)6月24日,登録日は平成21年(2009年)4月24日です。
つまり,原告登録商標の登録(昭和39年及び平成19年)よりも後に,出願され登録されています。
被告登録商標は,いわゆる二段書き商標であり,アルファベットの「KENT BROS.」と,カタカナの「ケントブロス」を,縦に二段に並べたものです。
注目すべきは,アルファベットの「KENT」と「BROS.」の間には1文字分の空間がありますが,カタカナの「ケント」と「ブロス」の間には全く空間がなく,「ケントブロス」と切れ目なく一続きになっていることです。
(3)
他方で,被告が実際に衣服に付けて販売していた,被告使用商標(原告から使用の差し止めを求められた商標)は,以下のようなものです。
文字表記すれば,「KENT/MARINE SPIRIT/BROS.」及び「KENT/BROS.」です。
【被告使用商標(2件)】
ぱっと見ればわかる通り,上記(2)の被告登録商標(「KENT BROS./ケントブロス」)とは,もはや別物ですね。
「KENT」と「BROS.」は二段に改行されていますし,「MARINE SPIRIT」なんて別の単語が紛れ込んだりもしてきていますし,何よりも,カタカナの「ケントブロス」は一体どこに行ってしまったのでしょうか。
(4)
このような事案において,東京地裁(國分隆文裁判長)は,上記(3)の被告使用商標2件(「KENT/MARINE SPIRIT/BROS.」及び「KENT/BROS.」)が,上記(1)の原告登録商標2件(「KENT」及び「Kent」)にいずれも類似すると判断して,被告の行為が商標権侵害にあたることを認め,被告使用商標を付した被服を販売することを差し止める判決を下しました。
本判決が,原告登録商標と被告使用商標が類似すると判断した実質的な理由,すなわち,被告使用商標(「KENT/MARINE SPIRIT/BROS.」及び「KENT/BROS.」)から「KENT」の部分のみを取り出して原告登録商標(「KENT」及び「Kent」)と対比することが許されるとした理由は,以下の①~③です。
① 原告が販売している「Kent」ブランドの衣服が,(平成21年度から平成30年度までの間,イトーヨーカドーで年間平均50億円を売り上げるなどした結果)「相応の周知性」を有しており(かなり有名であり),「Kent」ブランド(すなわち,被告使用商標の中の「KENT」の部分)が「取引者及び需要者に対し,商品の出所識別標識として相当強い印象を与えていた」こと。
② 被告使用商標の中の「BROS.」の部分については,(上記①の,「相応の周知性」がある「KENT」部分とは対照的に)どの程度の周知性を有するか明らかではなく,「BROS.」の部分から「出所識別標識としての称呼,観念」が生じるか否かも明らかでないこと。
③ 被告使用商標は,「『KENT』と『BROS.』が二段以上にまたがって,かつ,それぞれが独立した単語となり得ることにより,横一列に配された場合と比較して結合の度合は相当弱くなる」こと(かつ,被告使用商標のうち一つについては,『KENT』と『BROS.』が,「一本の白い横棒のような外観を有する中断の『MAARINE SPIRIT』により上下に分離されている」こと)。
このような①~③の理由から,判決は,「上段の『KENT』と下段の『BROS.』とを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているとまではいえない」として,被告使用商標の全体から「KENT」の文字部分をのみを分離して観察することができるとした上で,被告使用商標と原告登録商標が類似すると判断しました。
(5)
また,被告が,被告使用商標の使用が許される根拠として主張した,いわゆる登録商標使用の抗弁(その内容は以下の引用部分参照)についても,本判決は,以下のように被告の主張を整理したうえで,抗弁を認めませんでした。
「 被告は,商標法25条本文が,『商標権者は,指定商品又は指定役務について登録商標の使用をする権利を専有する。』と規定して,商標権者が,商標権の効力として,当該登録商標の使用を専有することとしていることを根拠に,被告がその使用する標章について商標登録している場合には,その登録商標と同一の標章を適法に使用し得る権利を有することとなるとして,上記の場合に該当することを,抗弁として主張するものと解される。
そして,被告は,使用する標章が登録商標と全く同一でなくとも,取引の実情に鑑みて社会通念上同一と認識されるものであれば,上記の抗弁が成り立つものと解するのが相当であると主張するので,以下,この点について検討する。」
このように述べて検討に入った上で,本判決は,被告使用商標が,「KENT」と「BROS.」が横一列ではなく二段になっている点,「KENT」及び「BROS.」の字体が明朝体ではなくゴシック体である点,「ケントブロス」というカタカナを含まない点などにおいて,被告登録商標と外観が相違することを指摘して,以下のようにバッサリと切り捨てます。
「以上のような外観上の相違点が存在することに照らせば,被告各標章と被告登録商標が,取引の実情に鑑みて社会通念上同一と認識されるということはできない。
したがって,仮に,本件において,被告が主張する登録商標使用の抗弁の適用があり得るとしても,被告各商品に被告各標章を使用する行為について,これが被告登録商標の専用権の範囲内の使用に当たるとは認められないから,上記抗弁は理由がないことに帰する。」
いわゆる登録商標使用の抗弁については,特に明文があるわけではなく,そもそも,そのような抗弁を認めるべきかについて理論上の議論があるところですが(否定説として,例えば,髙部眞規子「実務詳説 商標関係訴訟」(金融財政事情研究会 ,2015年)96~98頁),本判決は,そのような理論面には一切立ち入りませんでした。
本判決は,理論面に立ち入るまでもなく,事実認定のレベルで,そもそも,上記(3)の被告使用商標(「KENT/MARINE SPIRIT/BROS.」及び「KENT/BROS.」)と,上記(2)の被告登録商標(「KENT BROS./ケントブロス」)は全く「社会通念上同一」ではなく,それだけからして既に,被告による登録商標使用の抗弁の主張を認める余地はないとして,被告の主張をバッサリと切り捨てたものです。
4
以上見てきたように,本件の被告は,自らの登録商標(被告登録商標:「KENT BROS./ケントブロス」)を有しており,原告の訴訟提起に対して,
「おかしいじゃないですか! ウチはウチで,ちゃんと商標登録を済ませた商標を使っているんですよ。特許庁が登録を認めたんですよ。登録料もちゃんと払ったんですよ。自社で登録済みの商標を使っているだけなんですよ。それなのに,ウチが商標権侵害をしているわけがないじゃないですか。そんなおかしい話はないでしょう!」
と言いたい立場であったにもかかわらず,商標権侵害にあたると判断されて負けてしまいました。
(1)
そもそも,素朴な疑問として,被告はなぜ,実際に商品に付けて使用していた「KENT/BROS.」(改行あり)や,これに近い「KENT BROS.」(一列)ではなく,「KENT BROS./ケントブロス」(被告登録商標)という,(「KENT」と「BROS.」が改行がなく一列である上に)カタカナの「ケントブロス」がついた商標を取りに行ったのでしょうか?
それはもちろん,そうしないことには商標が取れない(仮に取っても無効にされかねない)リスクがあったからです。
大前提として,被告登録商標の出願(平成20年6月24日)は,原告登録商標の登録日(昭和39年9月16日及び平成19年4月6日)の後ですから,被告が出願する商標は,原告登録商標(「KENT」及び「Kent」)に類似すると判断されれば,登録が認められません(商標法4条1項11号)。
カタカナの「ケントブロス」(読み仮名)を付けずに,「KENT/BROS.」(改行あり)や,「KENT BROS.」(一列)のみを出願すれば,「KENT」と「BROS.」の結びつきが弱くなり,「KENT」の部分のみを抽出されやすくなりますから,特許庁から,原告が既に登録している「KENT」と類似すると言われて,登録が認められない可能性は大きく高まります。
仮に,特許庁がめでたく登録を認めたとしても,微妙な判断である分,これを不服とする「KENT」商標の商標権者(原告)から,登録異議や無効審判が申し立てられる可能性が高くなり,紛争に巻き込まれるとともに,結果的に登録が取り消されるリスクを負うことになります。
(現に,被告の出願に先立つ先立つ平成18年,原告は,「Kent Family」という商標の登録に成功した商標権者に対して,「KENT」商標を引用商標とする無効審判を提起し(結果は不成立),さらには知財高裁に出訴するなど(結果は請求棄却),徹底的に戦っています。)
なので,被告としては,安全確実に商標登録を成功させるため,「KENT BROS.」に,「ケント」と「ブロス」を間を空けず一続きにした「ケントブロス」を読み仮名として書き加えて,「KENT」と「BROS.」の結びつきを露骨に強めた,「KENT BROS./ケントブロス」(被告登録商標)を出願したわけです。
そして,被告の目論見通り,無事に商標登録に成功しました。
安全策が幸いし,原告からの登録異議や無効審判も起こされませんでした。
この段階では,めでたしめでたしですね。
(2)
しかしながら,安全に行くためにわざわざ「ケントブロス」を付けて取ったということは,逆に言えば,いざ被告が商標を使用する段階になって,安全を担保していた「ケントブロス」が外れてしまえば(さらには,「KENT」「BROS.」が一列ではなく改行までされてしまえば),たちまち危険な状況に陥るのも,これまた自明のことです。
この意味で,被告が,登録商標と使用商標のズレにやや無頓着であったように思われるのは,脇が甘いと言われても仕方がない面があるように思います。
もちろん,被告商標の登録後の10年(平成21年~平成30年)の間に,原告による「Kent」ブランド商品がイトーヨーカドーで年間平均50億円を売り上げるようになるなど,原告登録商標の知名度が飛躍的に増大した(その分,「KENT/BROS.」から,「KENT」の部分のみが抽出されやすくなった)というのは,被告商標の登録時には予測不可能な事態で,この点については不運な面もあったと思うのですが。
5
以上見てきたとおり,自社が登録商標を有しているにもかかわらず,他社から商標権侵害の警告状が来た場合には,むやみに安心するのではなく,むやみに不安になるのでもなく,ケースバイケースで冷静に判断して対応する必要があります。
ケースバイケースで妥当な判断をするためには,やはり商標に関する専門的な知識・経験が不可欠ですので,実際に商標権侵害の警告状が届いてお困りの方は,是非,当事務所にご相談ください。
(文責:弁護士・弁理士 北川 修平)